社員ブログ

文章(+イメージ)

昭和51年のクリスマス

隣には、春夏秋冬暇さえあれば山に籠っているB先輩。
「おい、山瀬」 「すまん、この写真に似た人がいたら、この写真をその人に渡してくれ」 「なんですか、いきなり、そんなの無理難題ですよ」(ちなみに当時は携帯電話もインターネットもない)
「あ、これ穂高ですね、きれいな人だなぁ」 「多分どこかでピアノを弾いているんだ」 「どこかって?」 「わからん」 「なにがあったんですか?」 「2年前だけどな、この写真よく見てどこかおかしいと思わないか?」 「ちょっと秋にしては少し軽装かな?」 「なぜか山を楽しむという雰囲気じゃなかった、だから、少しでも良い思い出をと思って写真を撮らせてもらって、後で送るからと聞いたんだ、・・そうしたら、いらないと言うんだ、この山は初めてかと聞いたら、父親に高校生の時に何度か連れて来てもらったそうだ」 「先輩ごっついから怖かったんじゃないんですか?」 「そうかもな」 「それで一目惚れですか?」 「そうじゃないんだ、なんか気になってな、しばらく後を100m位離れて歩いて行ったんだ」(当時はストーカーという言葉はなかった)
「そうしたら突然見えなくなってな、急いで後を追っかけたがどこまで行っても見えないんだ、・・もしかしたらと思って戻り始めたがすれ違った登山者もそんな人は会っていないというんだ」 「遭難ですか?」 「直感でそれだろうと思った、あと少し探して見つからなかったら山小屋に戻って救援依頼を出そうと思っていた」 「それで?」 「バンダナが木の枝に結ばれていたのを見つけた、そしてその先を歩いて行ったら崖で、下を覗いたら、倒れている彼女を見つけた、手足と指は骨折していたし、傷も深かったし失血もひどかった、・・・それからは必死だった、彼女を担いで崖を登って、山小屋まで1時間歩いた、生きるんだ!生きるんだ!って叫びながらな」 「先輩の声大きいから皆に見られていますよ」 「すまん、すまん」 「それで、助かったんですか、だからこの写真の人を探しているんですよね、連絡先も聞けなかったら、救助隊とかだったら教えてくれたんじゃないですか?」 「そうなんだけどな、聴くのも変かなと思ってな」 「先輩らしいや」 「俺はしばらくヨーロッパ駐在なんで、お前に預けておけば見つかる確率も俺より大きいかなと思ってな、唯一の手がかりは写真を撮るときに聞いた、音大生でアルバイトでピアノを弾いているということだけだ」 「なんか毎晩どこかを飲み歩いているみたいに言わないで下さいよ、結局一目惚れなんですよね、きれいな人だし」 「違うんだ、またピアノを弾いていてほしいんだ、そのピアノを聞いてみたいんだ」
・・・・・
「先輩、この曲は”恋人よ我に帰れですよね” いい曲ですね」 「ああ、そうだな・・・」 「先輩、どうしたんですか? まさか・・」
「彼女だ、彼女がピアノを弾いている」
・・・・・
「1曲目は、”恋人よ我に帰れ”でした、・・・私は今ピアノを弾いています、あなたに助けられた命でピアノを弾いています、大きな声さん、では次はテネシーワルツをお聴き下さい、メリークリスマス」
「先輩、彼女泣いていますよ、あ、先輩も・・・」 「先輩、メリークリスマス」 「メリークリスマス」
お店のスタッフもお客さんも、みんなで「メリークリスマス!」
 
2017年12月17日
開発部 山瀬雅男
 

昭和51年のクリスマス・イヴ

隣には、ビートルズかぶれのA(1年後輩)、マッシュルームカットで、チェックのセーターとジャケットのイギリスかぶれ。
「山瀬先輩」 「なんだよ」 「付き合せちゃってすみません」 「お前が勝手に付いてきたんじゃないか」 「今日は飲みましょう」 「今日もだろ」 「クリスマスなのに先輩は、彼女とかいないんですか?」 「ほっとけ、この位で酔っぱらうな、ところで、お前こそ何でここにいるんだ? お前から預かったクリスマス音楽会のチケット、ちゃんと総務の節ちゃんに渡しといたぞ」 「彼女のことを”節ちゃん”とか気安く呼ばないでください、ところで、彼女になんて言って渡したんですか?」 「そりゃまあ、なんだよ、Aがね、音楽会のチケットがなんか余っちゃって、節ちゃんがピアノを習っているし、音楽も好きかなって感じで、1枚渡してくれって言われちゃって、でもさ、なんかあいつ恋に落ちてしまったという眼をしていたよ・・って」 「あー、なんで先輩なんかに頼んじゃったんだろう、あー」 「でも好きなんだろう、節ちゃんのこと?」 「あー”節ちゃん節ちゃん”って、よくそんなに気軽に女の子に声をかけられますね」 「そりゃ、俺だって惚れた女だったら、そんなに簡単に声ををかけられないよ」 「そんな処にのこのこと僕が行けるわけがないじゃないですか、大体来ているかどうかも分かりませんよ」
「なあ、A」 「なんですか?」 「行ってみようか?」 「どこへ? まさか・・」 「来ているかもしれいぞ」 「先輩は来なくっていいですよ」 「ばか、行ったふりしてその辺に隠れているかもしれないじゃないか」
「マスター、ちょっと出かけてくるわ、一人で帰ってきたら一杯奢ってくれる?] 「いいですよ」 「二人で帰ってきたら、ヤケ酒だ、レッツゴー」 「先輩、勘弁してくださいよ、もう開演しているから間に合いませんよ」
・・・・・
「着いたぞ、ここだ」 「先輩、扉が閉まっちゃっていますよ」 「そうだな、もう入れないみたいだな、 この扉の隙間からちょっと音が聞こえてくるぞ」 「そうですね」 ・・・
「あのー、こっちの隙間の方がよく聞こえますよ」 「え!」 「え!」 「あ、節ちゃん」 「あ、Mさん(彼女の名字)」
「どうしたの? 入れなかったの?」 「もしかしたら、Aさんが来るかもしれないと思って」
「節ちゃん、届け物が終わったので俺帰るね、じゃ、あばよ」
・・・・・
「Mさん、ごめんね、待たせちゃって」 「Aさん」 「なに?」 「マッシュルームカット似合うね」 「有難う」 「メリークリスマス!」 「メリークリスマス!」
 
To hear silver bells ringng
See winter time bringng
 
2017年12月16日
開発部 山瀬雅男
 
 

新型aiboが発売されました

aibo
ウルフドッグ
新型aiboが11月1日に発売されました。
可愛いですね。
私は、今5匹目の犬を飼っています。
最初の犬は、小学校1年生の時に初めて両親が飼うことを許してくれた捨て犬です。 何回捨てても家までついてくるので父親も最後はあきらめました。 白と黒の毛色がパンダのようでした。 彼は私の少年期の最高の話し相手になってくれました。 そして中学生の時に自らの死をもって私に愛する者との死別という経験をさせてくれました。 泣きながら電話帳から調布の動物の墓地を見つけて埋葬してもらいました。 その後に買った犬も同じ墓地に埋葬されています。
2匹目の犬も、家に迷い込んできた捨て犬で濃い茶色の典型的な雑種の姿かたちをしていました。 彼は、私の思春期に底抜けの善良さというものがどういうものかを教えてくれました。 彼はいつも私にやさしく、毎日家に帰る意味を教えてくれました。 彼は夜の帳が降りる頃に、よく空に向かって遠吠えをしていました。 その姿がとても気高く、縁側で見とれるのが好きでした。
3匹目は、近所で生まれた子犬を譲ってもらった白い犬でした。 私の妻が最初に接した犬となりました。 そして彼は娘たちの幼少期の友となってくれました。
4匹目は、会社の同僚の自宅の前に段ボールに入れられ捨てられていた犬を譲ってもらった犬でした。 子犬のころはゴールデンリトリバーそっくりでしたが、成長するにつれ典型的な雑種の姿かたちになりました。 彼女は、娘たちにやはり底抜けの善良さとどういうものかを教えてくれました。 19歳まで生きて家族に見守られて息を引き取りました。
今の犬は、初めてお金を出して買ったボーダーコリーです。 初めて屋内で飼っているので、前の4匹より過保護に育っています。 末娘に無理やりタイガースファンにさせられています。
 
犬が持つ善良さは、最初に人と一緒に生活することを選んだ、好奇心の強い狼の個体の性格を受け継いだものでしょう。
気高さを持った犬は、遠い祖先の野生の狼の血を多く受けついだ者でしょう。
aiboが、犬の持つ善良さや気高さを持てるようになるには、あとどの位かかるのでしょう。 そしてその機能が人間型ロボットの人工頭脳に展開されたとき、人間の存在意義はどうなっているのでしょうか。 今の若者たちは、いつかそんな局面に立ち会わなければならないかもしれません。
 
2017年11月10日
開発部 山瀬雅男

文章(+イメージ)

AI(人工知能)

今日の新潟は台風の影響で1日雨です。
 私は、人に言えるほどの趣味を持っていませんが、若いころに少し打ち込んだ囲碁を5年前から再開しています。 今日も、窓の向こうの雨を見ながら囲碁を打っています。 といっても囲碁は対戦相手が必要なゲームで、若い頃はは月に一度位の割合で碁会所にいっていました。 なぜ20年以上も間をあけていたかというと人間相手だと勝ち負けで気が荒れる人もいるので面倒くさくなってしまったというのが理由です。
 もう囲碁をやる機会はないと思っていましたが、PCの囲碁ソフトが進化しているということを知り、PC相手に再開した次第です。 この5年間のソフトの真価は驚異的で、ディープ・ラーニングというアルゴリズムの導入で、膨大な数のプロ同士の対局を記憶させ、CPUの進歩で得た計算速度を使って、その中から最適な一手を選択するというものです。 私位のレベルでは、もうソフトからハンデキャップをもらわないと勝てないようになってきました。
 何とか私が対局の相手をできているのは、PCソフトの幾つかの「くせ」がわかってきたためです。 ある局面になると必ず同じ間違いをするのです(その局面まで持ち込むことが大変なのですが)。 つまり姑息な手段を使っているのです。 このことの意味するところは、PCソフトが自己学習できるのは開発終了段階までで、一度世の中に出てしまったソフトには自己学習能力がなく、自分のプログラムを書き換えられないことです。
 しかし、もし私の使っているPCソフトがネットで通信できて、中央のメインPCと接続されていて、その膨大な計算能力を駆使されて私のPCの中のプログラムを書き換えられたら、私は星目(先に9手を決まった場所に打てる)のハンディキャップをもらっても勝てる確率はゼロに近くなるでしょう。
 もし、そんなPCと少年期のころから対局していたら、人間の頭脳はどこまで進化していくのでしょうか。 ほかの分野でも同様なことが起きて、人工知能と競いながら成長した人間はどこまで進化するのでしょうか。 それとも、途中でギブアップして、考えることは人工知能に任せてしまうのでしょうか。 それもある程度以上は進化しないように制限を加えるのでしょうか。
 それとも、人工知能は人間の考えたアルゴリズムまで自分で改良してしまうことが出来るようになるのでしょうか。
 その時、人間と人工知能との関係はどうなっているのでしょうか。
 人間は、自分達が生み出した、自分よりも知能が高い「種」に冷静に対面できるでしょうか。
 そんなことに直面する時代は、もうすぐそこに来ているのかもしれません。
 
開発部 山瀬雅男

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昔の記事

昭和63年11月22日に当社の記事が新潟日報に掲載されていました。 29年の歳月を経て、一昨日に最近の当社の記事が日経新聞に掲載されています。 新工場で働けるという、当時の社員たち高揚感が見えるようです。 昭和63年といえば、バブルが始まって2年位経った頃で、当社も恩恵に預かったことを、その当時からの社員(結構多い)達から昔話として聞いています。 私も一生無理かなとあきらめていた一軒家を買うという希望を持ち始めたころです。   受注も多く、大企業も外注への価格ディスカウント要求も少なく、その代り連日深夜まで働いたという状況だったようですが、現在は、日本全体の産業が低迷している中で、当社も厳しい運営を強いられながらも、ここ数畝年堅実に業績を回復させつつあります。 
これからの世代の社員たちが、30年後に上記日経の記事を見てどのような感慨を持つのでしょうか。
開発部 山瀬雅男

鷹山公

上杉神社への参道で上杉鷹山公像と出会いました。
鷹山公は、高鍋藩の次男として生を受け、1760年米沢藩主上杉重定の養嗣子となりました。1767年に家督を継ぎましたが上杉家は借財が20万両に累積する一方、石高が15万石でありながら初代藩主上杉景勝の意向に縛られ会津120万石時代の家臣団6,000人を召し放つことをほぼせず、そのため人件費だけでも藩財政に深刻な負担を与えていました。鷹山公は、産業や財政に明るい専門家を重用し、それまでの藩主では1500両であった江戸での生活費を209両余りに減額し、奥女中を50人から9人に減らすなどの倹約を行いました。天明の大飢饉で東北諸藩を中心に餓死者が多発していたが、鷹山公は非常食の普及や藩士・農民へ倹約の奨励など対策に努め、自らも粥を食して倹約を行いました。また、学問所を興譲館として再興させ、藩士・農民など身分を問わず学問を学ばせました。鷹山公はまず目標を示し、そこに至るまでの対策を立てました。 また、物事がよいか悪いか、守るべきか変えるべきかについて後回しにはせず、速やかに決定することを重視しました。これらの施策で破綻寸前の藩財政は立ち直り、次々代の時代に借債を完済しました。1785年に隠居しましたが、逝去まで後継藩主を後見し、藩政を実質指導しました。1822年死去されました。
童門冬二さんの「上杉鷹山」お勧めです。
 
217年7月20日 
開発部 山瀬雅男

ケネディと鷹山

鷹山公像の隣に、元駐日大使のキャロライン・ケネディさんのメッセージが飾られていました。 J.F.ケネディ大統領の娘さんですが、大統領が就任の時、日本の新聞記者が「日本で最も尊敬する政治家はだれですか」と質問しました。これに対し、ケネディは「上杉鷹山(うえすぎようざん)です」と答えたそうです。 その父親の思いを携えて米沢を訪れたのでしょう。
 
2017年7月19日
開発部 山瀬雅男

上杉神社

7月20日 午後のサポイン(戦略的基盤技術高度化支援事業)研究推進会議に向けて、研究の成功を祈願するために山形県米沢市の上杉神社にお参りしました。  上杉謙信の「義」という信念がその後の日本人の精神的遺伝子の一部を構成していると思いますが、あらためて境内の宇宙と共鳴でき、研究に全力を尽くすことを誓いました。
 
201年7月19日
開発部 山瀬雅男

全力

時々会いに行行っています

久しぶりの更新です。
2017年7月5日  開発部 山瀬雅男

久しぶりの帰宅で犬と戯れる

1か月ぶりに帰宅(神奈川県大和市)して、犬に癒されてきました。  
2017年7月9日  開発部 山瀬雅男
 

新宿のクリスマス

2016-12-14
 砥石を眺めています。 砥石が私を、砥石の宇宙に引きずり込みます。 「理想の砥石を一緒に探しましょう」 砥石は船になります。
 「私はあなたが探している砥石、早く私を探しに来て、私を見つけて、私はみんなを救える!」 どこかで、私を呼んでいます。  
 「会いたい、どこにいるの?」
 「会いたいと思っているだけでは駄目、探しに来て!」
 「探しに行く、今も探している。 でも探せなかったら?・・・」
 「あなたではない誰かが私を探してくれるわ、あなたではない誰かが・・」
 
 1976年のクリスマスイヴは、雪が今にも降りそうな底冷えのする夜でした。
 1年ほど通った新宿のバーで人生初めてキープしたウイスキーのボトルに掛かった自分の名前、その名札を眺めながら、急に大人の男になったような気持ちを抑えきれずに幸せ気分に浸っていました。
 家族持ちはケーキを買って家路を急ぎ、若者たちは着飾ってデートコースに繰り出しているためか、お店はいつもより閑散としています。 クリスマスソングをジャズにアレンジした曲が静かに流れています。
 そしてカウンターの前には、お気に入りの女の子がグラスを拭いています。 バーと言っても、素人っぽい私服の女の子がカウンターを挟んでカクテルや水割りを作ってくれる、懐がさびしい男に優しい料金のお店です。
 ハンフリー・ボガートになった気分でグラスを傾けていると、「山瀬さんって言うんだ、私はフーコ、よく来て頂けるけど無口な人なんですね」と突然妄想の世界から引きずり出されました。 女の子に声を掛けられるなど、恋愛相談の話以外に経験のない私は、空耳を疑って思わず周りを見渡しましたが、その子しか傍にいません。 (無口なわけではなく、好きな子の前で話が出来ない半端な男なだけです)
 「私ね、ここは今日が最後の日なの、あさって田舎に帰るんです」  (えー) 「そうなんだ・・・」
 「私、ある人を探しているんです。 いいえ、私を探してもらっていると信じたいの。 でも今日でそれもおしまい」 「電話番号は? 住所は?」
 「私の電話番号は教えたんだけれど、事情があって番号を変えたの」 「僕に何をしてほしいの? 探偵ではないし、名前だけの情報で人探しは難しいよ」
 「自分でも分からない、なぜこんな話を・・・、クリスマスイヴのせいかしら、ごめんなさい・・・」 (あ、泣かしちゃった)   
 「前の喫茶店で待っているから、お店が終わって僕で良かったら取り敢えず話を続けて」
 
 フーコちゃんは、6年前に田舎から友達たちと一緒に東京の縫製工場に就職しました。 
 3年前に旅先で、親切な若者と知り合いました。
 東京に戻っても何回か会ううちに、優しい彼を好きになってしまいました。 そして何回目かのデートの後で彼の家に呼ばれました。 東京の郊外の大豪邸で彼女は吃驚しました。 彼の両親は、「家族は? 仕事は?」 などと聞き出し、家柄が違い過ぎると怒り、彼の「結婚したい」という言い分を聞こうとしませんでした。 彼は、駅までフーコちゃんを送る途中で、「自分は家を出る。 今月のクリスマスの日に、新宿駅のいつものところで待っていて、必ず行くから」と言って、彼女を見送りました。 彼女は、クリスマスイヴの日の約束の時間に新宿駅で待ちました。 夜中まで待ちましたが彼は来ませんでした。 伝言板にもメッセージを残しました。 もしかしたらと思い、翌日も新宿駅で待ちました。 でも彼は来ませんでした。 彼の家に電話しましたが、「もう電話をしてこないで」と取り次いでもらえません。
 次の日に、彼のお姉さんが彼女のアパートに来ました。 「彼は、イギリスに留学している幼馴染のお嬢さんと、いまヨーロッパを旅行しているの。 彼の為を思うなら諦めて。 彼からの連絡も受けないようにして」と頼まれました。 そして何日も泣き明かした末、「彼が本当に私のことを好きなら、どんなことをしても待ち合わせ場所に来たはずだ、でも彼は来なかった」と思い、彼女はアパートも電話番号も変えてしまいました。
 それでも、彼が一度だけ彼女を連れてきてくれたバーに、仕事が終わった後のアルバイトで勤めるようになりました。 未練だと解っていても、心のどこかで彼が自分を探してくれることに賭けたのです。 いつかこのバーに立ち寄るのではないかと。 あるいは、自分の勤め先を突き止めてくれるのではないかと。
(それも相手を探そうというならともかく、探してもらうのを待っているなんて無理だよなー。 だいたい、幼馴染の御嬢さんと結婚しているかもしれないし)
 「男の僕なら電話に出てもらえるかもしれない。 番号を教えて」
 躊躇う彼女から聞き出した番号に掛けると、彼は一昨年に家を出ていって、葉書でしか連絡が来ない、居場所を知っていたら教えてほしいとのこと。 (あれー、本当に彼はフーコちゃんを探しているかもしれない、でもどうやって会わせる?)
 
 「今から新宿駅にいこう、駅のどこで待ち合わせたの?」 私は躊躇うフーコちゃんを誘い夜中の新宿靖国通りに出ました。 駅に彼はいませんでした。 辺りを探しましたが、もう夜中の12時を過ぎました。
 (そうだよなー、無理だよなー、新聞の探し人欄にでも載せるように言ってみようか)
 「シンデレラにはなれなかったわね、山瀬さんありがとう」 (また泣かしちゃった)
 
 泣いている彼女を一人では帰せなかったので、駅でタクシーに乗りました。
 少し酔っていた私は、女を泣かせる奴と運転手に思われたくなくて、「彼女は3年前に離れ離れになった恋人に今会いに行ったんだ。 3年間ずっと待っていたんだ、でも会えなくて。 彼女の助けにはなれなかったけれどいつかサンタがやって来るよね」 運転手は何も言いません。 クリスマスイヴも過ぎた通りをタクシーは走ります。 新宿の夜景が遠ざかっていきます。 「お客さん、彼もずっとあなたを探していたかもしれません。 今も探しているかもしれません」 何故か運転手が泣いています。 (涙もろい奴だ)
 
 「クリスマスイヴの日は、家族に騙されてヨーロッパから帰れなかったかもしれません」
 「えっ?」 彼女は驚いて運転手の名前が書かれたカードを見つめ、それから涙をためた瞳で私を見て頷きます。 そして泣きながら彼の名を呼びます。 彼も彼女の名前を呼び返します。 後は言葉もなくただ泣き合っています。 (うそでしょ、まいったな・・・) 
 「運転手さんここで降ろして下さい」 降り際に「メリークリスマス! 安全運転でね」と声をかけ、夜中の街を歩きだしました。 後ろから彼女に声を掛けられた気がしましたが、ハンフリー・ボガートはイングリッド・バーグマンをたしか振り返らなかったと思いながら、前だけを見て歩き出しました。 (あ、君の瞳に乾杯!を言うのを忘れた)
どこかでまた飲み明かしたくなりました。 「奇跡を起こしたサンタと、二人の涙に乾杯!」 「そして僕の涙に・・・メリークリスマス!」
 
2016年12月14日、いま私は砥石を探しています。
 
開発部 山瀬雅男
 

H28年度産お米の生産状況(仕事の合間に本場の米作りをしている社員のうちの一人です)

2016-12-09
● 3/末~4/下旬
・畦起こし:トラクターの入れない所を鍬、スコップで起こす。土日の数時間と会社帰り(20時~21時)これを2週間程度、腰に負担を掛けない様、徐々に作業時間を延ばす。
・肥料は微量元素(マンガン、マグネシューム、鉄、など)、米糠(窒素成分)など散布し、トラクターで擦り込む。
・水張し、均一の高さで代掻き(稲が根を張り易い様にドロドロにする)
● 5月連休
・田植えと同時に有機質60%の肥料も撒く。肥料は遅効性のもので収穫
● 除草
・5月後半頃より雑草が生え始める、除草剤散布(初期除草剤)。
・6~9月、前回の除草剤の効力が終わり始めると雑草が出始める。以後は手作業で一本ずつ草取り
特に7月~8月の猛暑は雑草も元気が良い為、土日以外にも出社前の4:30~6:00で2週間ほど草取り作業(他では見かけない!)、雨降りは蓑着用で作業(40年以上前の祖父のもの、周辺では皆無の格好、通気性が良く快適!、カミさんに頼んでも写真撮ってくれない)
・7月後半に共同でラジコンヘリでの害虫予防散布
 *因みに両隣の他人の田んぼは極普通の作り方にて、猛暑時の病気、害虫の被害の差が明らかに有ります。
● 水管理
・田植え後土日の日中以外は会社帰りの毎晩見回り。時期に応じて潅水、乾燥させて適正な根を生育させる。
・9月からは乾田化させ、米の胴割れの防止、コンバインが入り易い様にする。
● 稲刈り・乾燥・籾摺り
・9/20前後の好天の時に行う。稲刈りと同時に脱穀、稲わらをコンバインで細かく切断し、田んぼにばら撒く。 収穫量は9.3俵/反=558kg/10a 近隣の田んぼは 8俵強/反程度、そもそも川跡で収量が少ない場所だが。
・稲刈り直後、乾燥機に掛ける。温度は出来るだけ低温でゆっくりが望ましい。実際40℃以下で12時間程度、水分量は20%程度が14-15%になる様乾燥、急乾燥は胴割れの恐れ(アメリカなどは11%程度に管理)
・籾摺り、籾殻を取り除き玄米にし、30㎏袋詰め、保管。
● 籾殻撒き・擦り込み
・出た籾殻はすぐに田んぼに撒き、(60kg以上の袋で重労働)トラクターで擦り込む。稲わらと共に3年程で分解して有機肥料になる。 この作業は近隣の田んぼでは見かけません。 また、この擦り込みで、芽吹き始めた雑草の除草も出来る。
*毎年この作業です。日本人の食料と先祖伝来の生業を繋ぐ為。
 
開発部 神田修一

ホワイト・クリスマス

2016-11-20
商店街を歩くと、クリスマスソングが流れてくる季節になりました。
子供たちは、プレゼントに期待を膨らませ、お父さんお母さんは今年のプレゼントは何にしようと悩み始め、若者たちは、恋人もいる人もいない人も、なにか特別なことが起きないかとわくわくしているでしょう。
新宿のバーで一人で飲んだくれていた20代を過ごした私は、映画やテレビのドラマから、恋人たちのクリスマスを疑似体験をして楽しむだけです。(今でも)
25年位前になりますが、「映画みたいな恋したい」というドラマ・シリーズがテレビ東京で放映されていました。 夜の11時から30分位の番組でした。 その初回の放送が、クリスマスを題材にしたドラマで、主演は石田ゆり子さんと確か今井雅之さんです。 この時の石田ゆり子さんは、肩下までの髪のながさで、怖いくらい綺麗で可憐でした。(今のショートヘアも似合ていますが)
 
クリスマスの夜、公園の噴水の前で、白いコートの女性が佇んでいます。 その噴水の淵に、映画機材を近くに置いて立っているラフな服装の若者がいます。 二人は誰かを待っているようです。 公園の時計台は午後7時を指しています。
1時間ほど時が過ぎ、待ち人は未だどちらも来ません。 若者は屈託のない笑顔で彼女に声をかけます。 「あの~、自分は仕事相手を待っているのですが早く着きすぎて。 お互いに待ち人が来ませんね。 映画のしりとりでもしませんか? 寒いし時間つぶしにもなりますよ」
「映画が好きなんですか?」 「はい、大好きです。 いつか映画を作ることが目標です」
二人は、噴水の淵に座って話し始めます。
若者は、しりとりの合間にその映画の感動的な場面を情熱的に語ります。 彼女は楽しそうに耳を傾けています。 悲しい場面では瞳に涙をためて聴いています。 「私映画を見てなくてもあなたの話だけで映画を見た気になってしまいます」
若者は、耳を傾けて聴いてくれる彼女に、嬉しそうに話を続けます。
時計は8時45分を指しています。 「ごめんなさい、私電話しなければ」 彼女は公園の公衆電話に駆け寄ります。 25年前ですから、携帯電話はありません。 でも硬貨の持ち合わせが無いことに気づき途方にくれます。
「これを使ってください」 彼が駆け寄って彼女にテレホンカードを渡します。 「ありがとう」 彼女は恋人に電話します。
「どうしたの、私時間を間違えたかしら?」 「いやごめん、風邪をこじらせて起き上がれないんだ」 電話の向こうから聞き覚えのある曲が流れています。 彼女の女友達がいつも聞いている曲です。
「誰かいるの?」 「・・・」 「誰かいるのよね?」 「・・・」 女性が電話に出ます。 その女友達でした。 その子は彼女の幼馴染で、小さなころから彼女の持ち物をいつも欲しがっていた子でした。 彼女は泣きながら電話を切ります。
噴水の淵に佇んでいる若者にテレホンカードを返しに行きます。 若者は涙を流す彼女を見つめて、黙って受け取ったカードに何かを書きます。 「これプレゼント」 カードには、「メリークリスマス」と書かれていました。 「ありがとう」 カードを受け取り彼女は公園を立ち去ります。
失意の彼女は駅への帰り道を歩いています。 商店街からホワイト・クリスマスの曲が流れてきます。
I’m dreaming of a white Christmas just like the ones I used to know
Where the treetops glisten and children listen to hear sleigh bells in the snow
彼女は何かを置き忘れたように立ち止まります。 静かに、その曲に耳を傾けています。 そして公園に向かって走りだします。 息を切らせながら走っています。
公園に着くと若者は未だ所在無げに噴水の淵に座っていました。 そして彼女を見て、「どうしたの?」 彼女は精一杯の大きな声で若者に言います 「メリークリスマス!」 
二人は笑いながら見つめ合います。 「今夜は素敵なクリスマスだ」 「そうね」
 
今でも、ホワイト・クリスマスの曲を聴くと、あのドラマの公園の情景を思い出します。
 
開発部 山瀬雅男

ゆらいでいます

2016-11-14
私は「ゆらいでいます」
みんな「ゆらいでいます」
世界が「ゆらいでいます」
宇宙の始まりが「ゆらいでいた」ためです。
何も無いのに、突然現れて、突然消え去ります。
あるのに、見ようとするとなくなります。
ないのに、気が付くとあります。
「ゆらいで、ゆらいで、ゆらいでいます」
 
開発部 山瀬雅男

ゆらぎ

2016-11-13
極小の大きさだったと考えられる宇宙の始まりを理解するのに「量子論」という極小の事象を説明する科学が必要とされてきています。
「相対性理論」で有名な e=mc2 から 宇宙の最初ではエネルギーの存在が必要になります。
ではそのエネルギーはどこから?
「量子論」の「不確定性原理」によると、その空間のエネルギーもゼロのままではいられません。 ごく短時間(10のマイナス20乗秒以下)では、場所ごとのエネルギーの大きさは一つに定まることなく(エネルギーと時間の不確定性関係)エネルギーの値はゼロになったり、非常に高いエネルギーを持ったりします。
このように、物理的な状態が一つに定まらないことを「ゆらいでいる」といいます。
上述の相対性理論では、エネルギーは物質の質量に転換できます。 このため、非常に高いエネルギーを持った場所では、そのエネルギーが粒子に変わります。
しかし、出来た粒子はすぐに消滅して元の状態に戻ってしまいます。
このようなことが、宇宙が誕生するときに起こっているようです。
宇宙の大きさが、10のマイナス33乗cmより小さいときは、宇宙の存在自体が「ゆらいでおり」宇宙自体が生成、消滅を繰り返していたのはないかと考えられています。
なんと「はかない」宇宙だったのでしょう。
あるとき、生成した極小の宇宙が、消滅することなくそのまま存在を続けて、インフレーションと呼ばれる爆発的な膨張を経てなぜ我々の宇宙のように膨張が継続していくような形になったのでしょう。
それを理解するために「トンネル効果」という時間と場所の壁を通り抜ける現象が導入されます。 「半導体技術」にかかわる技術者や研究者の方がよく理解されている「トンネル効果」です。
その「トンネル効果」により、極小の宇宙が大きさを持つ領域に山を越えて出現したという説が有力になっています。
素粒子や電子にとって、この壁抜け現象は容易に発生できる現象です。
この宇宙の始まりについて考えている科学者たちの理論を勉強していくと、どんな宗教の経典を読むよりも荘厳な気持ちになってきて、もっともっとご紹介したいのですが、別の機会にするとして、この「ゆらぎ」の「美しさ」「はかなさ」(見たわけでも聞いたわけでもないですが、心で感じることはできます)がもっと理解しやすい理論が見出されて、多くの人が宇宙の始まりに思いをはせるようになれば、人間同士の些細な争いなどとるに足りないものとされる世の中が来ると思います。
 
 
開発部 山瀬雅男